仕事帰り、都内のビジネスホテルにチェックインしたのは、金曜の20時過ぎだった。
その日は取引先との打ち合わせが長引き、食事もとれずに疲れ切っていた。
コンビニで軽く食事を買ってロビーに戻ると、ソファにひとりで座っている女性と目が合った。
40代前半くらいだろうか。控えめなベージュのワンピースに、品のある表情。
あちらもこちらを見ていた。けれど、すぐに目をそらす感じでもない。
妙に印象に残る顔だった。「もしかして…どこかで会ったことが?」と一瞬だけ思ったが、
すぐに打ち消した。
部屋に戻って食事をとったあと、なんとなくロビーに戻ってみた。
まだ彼女はそこにいた。今度はこちらから、勇気を出して話しかけてみた。
「おひとりですか?…なんだか、疲れてるように見えたので。」
彼女は少し驚いたように笑い、こう答えた。
「今日は家に帰りたくなかったの。ちょっとだけ、お話につきあってもらえませんか?」
ラウンジで話すうちに、彼女の素性が少しずつ明らかになっていく。
彼女は主婦。2人の子どもがいるという。
夫とは不仲。けれど離婚は考えていない。家庭に疲れて、今日は一人になりたかったらしい。
「あなたみたいな人、久しぶりに見た。ちゃんと目を見て話してくれる。」
そんな言葉が、意外にも心に刺さった。
話しているうちに、自然と距離が縮まり、気づけば部屋へ誘っていた。
いや、どちらともなく、部屋へ向かう流れになっていた。
部屋の空気は、最初はぎこちなかった。
けれど、彼女が自分のボタンをひとつ外し、こちらをじっと見た瞬間、空気が変わった。
肌のぬくもり。お互いの息づかい。
若いころのような激しさはないけれど、静かで濃密な時間が流れた。
彼女の肌には、香水ではない、大人の“生活の香り”が残っていた。
なにより、抱かれながら彼女が見せた表情。
あれは“女”ではなく“人”として求められたがっていたように見えた。
翌朝、目が覚めると彼女の姿はなかった。
テーブルの上に、手書きのメモが置いてあった。
「あなたの優しさ、忘れません。久しぶりに安心できました。幸せになってください。」
ふしぎな夜だった。
ドラマのようでもあり、現実のようでもあり。
でも、あれは間違いなく“自分の人生の一部”になっていた。
今でもたまに、ホテルのロビーに座ると、彼女の姿を探してしまう。