義姉との静かな夜
妻が数日間、実家に帰ることになった。
普段なら自由気ままな時間が手に入るはずだったが、その夜は違った。
義理の姉が急きょこちらに泊まることになったのだ。
義姉は年上で、どこか気品があり、昔から距離のある存在だった。
けれどその日は、少し違っていた。
仕事帰りの彼女が見せた疲れた笑顔と、「ちょっとだけ飲まない?」という一言が、
何かをゆっくりと動かし始めていた。
ダイニングの明かりは落とし、間接照明だけにした。
缶ビールを開け、たわいもない話をする。
仕事の愚痴、昔の思い出、妹(=妻)のこと——。
義姉の声はいつもより少しだけ低く、そしてやわらかかった。
自然と、お互いの距離も縮まっていく。
酔いがまわってきたころ、彼女がソファに体を沈めてつぶやいた。
「……少し寒いかも」
何気なく、隣に座りブランケットを手渡した。
だが、彼女は何も言わずにそれを広げて、自分と僕を包んだ。
二人の身体がブランケットの下で触れ合う。
その瞬間、無音のなかで鼓動だけが響く。
僕がそっと彼女の手に触れたとき、拒まれる気配はなかった。
ただ指先が重なり、握り合う。
目を見た。
何かを確認するように、彼女はゆっくりと首をかしげた。
「……怒らない?」
その言葉の意味を問う暇もなく、僕はそっと唇を重ねた。
時が止まるとはこういうことなのかもしれない。
激しさではない、静けさの中で交わす温もり。
唇から首筋へ、指先は背中をたどる。
言葉も声も、ただ呼吸だけが絡み合う。
「だめだね、こういうの……」
そう言いながらも彼女の手は僕の背中にまわっていた。
僕たちはそのまま、ブランケットに包まれたまま、
何度も肌を重ね、何度も互いを確かめた。
夜が深まるほど、境界線は曖昧になっていった。
朝、目を覚ましたとき、義姉はまだ僕の隣で寝息を立てていた。
あのときの髪の香りと体温は、今でも鮮明に残っている。
彼女は何も言わずに身支度を整え、「ありがとう」とだけ言って家を出た。
その後、何事もなかったように振る舞う義姉。
一度だけ目が合ったとき、あの夜のすべてがよみがえった。
僕たちの関係は、あの一夜だけだった。
けれど、あの沈黙の夜が、
いまも心の奥で、静かに熱を灯し続けている。